100日日記チャレンジ
今年に入ってから、課題に何も手がつかないくらい自己分析に没頭していました。
就活も院進も違う、でも今まで社会的に評価されてきたこと、やれと言われたことしかやったことがない私にとって、本当に好きなことはわからなくなってしまった。
やりたいことが分からなくなった時に、ある人と2年間で1000人と会う、と約束してしまったので、ひたすら人の話を聞きにいきました。
友達とご飯に行ったり、ObOg訪問のサービスを使って、就活の戦略ではなく、その人の価値観を知りたくて質問しまくっていました。
みんなはどうやって好きなことを見つけて、どうやって生きているんだろう、ということがとにかく知りたかった。
本当に色々な人に巡り合いました。
就活で最難関の外資系銀行に内定した同期、東大卒業してニートになった人、子どもが好きで普通の就活をしなかった人、若者の政治参加を目指すアクティビスト、不労所得で生活したい人などなど…
その中で、「あなたの価値はどこに所属していても変わらない」と私の目をまっすぐみて伝えてくれた人がいました。今でもこの言葉を思い出すと涙が出ます。
自分には才能もスキルがなくて、何ができるんだろう、プログラミングとかやらなきゃダメかなと思っていた時に「自分の強みは、他人ほど頑張らなくても自然にできちゃうことだよ」と教えてくれた人もいました。
お金がなくたって、1000円出せばラーメンが食べれる世界なんて最高だと、言ってくれた人もいました。
いろんな話を聞く中で、私が一番大事だと思ったのは「楽しく生きる」ということでした。
楽しく生きている人って、どんな立場にいても、本当に素敵で、キラキラしていたんです。
すごくシンプルだけど、すごく難しい。
私はどうやったら楽しく生きれるんだろう…私の好きなことってなんだっけ…
そう考えた時に、今こうやって人と会っていること、質問していること、メモしていること、言語化していることそのものが自分の好きなことだった、ということに気がつきました。灯台元暗しと言いますが、全く自覚していませんでした。
振り返れば、小学校の時に国語の教科書に載っている単語を助詞まで全部調べたり、中高時代どうでもいい試合結果もメモしていたり、塾の教材は真っ黒になるまでメモしていたり、どんな科目でも必ずまとめノートを作って勉強していたことを思い出しました。
ちょっとでも気になることがあればすぐに先生に質問に行ったり、時には衝突したりしたこともありました。
そして、決定的なものを見つけました。
私は高校1年生から毎年の誕生日に、来年と、再来年と、30歳に向けての自分に手紙を書いています。高校3年生の自分から、大学1年生に向けた自分への手紙で
「(今の大学)に行って、記者になりたい」
と書いてありました。
いつのまにか、どこかに忘れ去られていた夢でした。記者は現場と世間をつなぐから必要だ、とか、記者が伝えることで課題が解決する、とか、外的な動機で考えたことはありましたが、自分が記者になる理由を深く考えたことはありませんでした。
でも、ここにきて、いろいろな話を聞いて、自分が頑張らなくてもできることを再認識したら、内的な動機に戻ってきました。
私の夢は記者になることです。
なんとなく、ではなく自信を持って言えます。
記者への適性があるだけではなくて、自分が記者になった後に見える社会も、もう見えています。
一つの仮説に過ぎませんが、おそらく一つの正解に辿り着いたような気がします。